たとえば「食べ物」そのものはモノとして存在しなければ意味をなさない。物質として体内に取り込まれなければ意味がないからだ。
一方で、食べ物の「食感」「美味しさ」「見た目」などは、神経から受け取る信号だったり、脳の下す判断だったり、つまり全て情報だ。
情報は全てハックできるとするならば、ある食べ物を食べている時に、全く異なる食べ物の情報をインジェクトして違う食べ物を食べている気にすることができるかもしれない。
というふうに考えてみると、実際にこの世の中で「モノ」として存在しないといけないものはどれほどあるのだろうか。
じゃあ、仮に、その圧倒的な情報量を、ネットワーク越しにいつどこにいても得られるようになる未来があったとしたら、「実際に体験する」ということの価値はどの程度変化するのだろう。
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色々なところをぐるっと回って、結局2ちゃんねるあたりが情報を得る場所として心地よくなってきた気がするのは気のせいか。
進んでるようであまり進んでない気もしないでもない昨今のWeb。この感じは何かを引き起こすにはよいタイミングなのだろうな。
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