http://jp.techcrunch.com/2015/02/27/20150226google-makes-mobile-friendliness-a-ranking-signal-worldwide-boosts-indexed-apps-in-search-results/
Flashサイトみたいな「情報そのものが閲覧できない」サイトを除外するのは正しいと思うのだけど、
情報の質の良し悪しとモバイルフレンドリー対応の有無には相関はない(多分)と思うし、
そんなものに対応するヒマとコストがあるならコンテンツの質を高めるほうに使え、とコンテンツを提供する側に対しては思うし、
っていうか君らブラウザ作ってるんだから、モバイルフレンドリーにするのはブラウザのほうでフレンドリー表示モードでもなんでも作ってがんばればいいじゃない、とGoogleに対しては思うし、
…っていうか、検索エンジンがコンテンツの作りかたに対して影響力/発言力を持ってる状況っていうのが根本的に何か間違っている気がするのでそろそろGoogleはポイズン
2015年2月27日金曜日
2015年2月23日月曜日
2015年2月23日
最近個人的になんだか物理学が面白いので色々なサイトを漁っているのだけど、しっかりとしたボリュームでまとまった情報でみつかるのが古いサイトばかりなのだよね。
それ以降の時代のものは、ブログで書かれたものはまとまりが弱くてうまく掘り進められない、あるいはブログサービスの終了などで消えていたりする。
Wikipediaはまとまってはいるけど正しさを重視するあまり個人サイトにあるような「俺はこう思うんだ」的なものがなくて面白みがない。
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なんというか、Webが「検索キーワード」に最適化されすぎてる感じがする
Wikipedia的すぎるというかなんというか。
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長文を書いて、時間をかけてじっくり議論する、みたいなことって今のWebでどうしたら成立するだろう。
かつてはトラックバックという形でやりとりするっていうのがあったけど。
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なんかちょっとだけ昔のWebに回帰したい、的な欲があって、ああ年取ったなぁとしみじみと思う。「昔はよかった」なんて死んでも言いたくはないんだけどなぁ…。
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とりあえずここ数年ずっと考えてる、「ストック的に整理された静的なWebサイトを作りやすくする」って事をもうちょっと個人的に進めたい感出てきてる。
それ以降の時代のものは、ブログで書かれたものはまとまりが弱くてうまく掘り進められない、あるいはブログサービスの終了などで消えていたりする。
Wikipediaはまとまってはいるけど正しさを重視するあまり個人サイトにあるような「俺はこう思うんだ」的なものがなくて面白みがない。
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なんというか、Webが「検索キーワード」に最適化されすぎてる感じがする
Wikipedia的すぎるというかなんというか。
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長文を書いて、時間をかけてじっくり議論する、みたいなことって今のWebでどうしたら成立するだろう。
かつてはトラックバックという形でやりとりするっていうのがあったけど。
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なんかちょっとだけ昔のWebに回帰したい、的な欲があって、ああ年取ったなぁとしみじみと思う。「昔はよかった」なんて死んでも言いたくはないんだけどなぁ…。
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とりあえずここ数年ずっと考えてる、「ストック的に整理された静的なWebサイトを作りやすくする」って事をもうちょっと個人的に進めたい感出てきてる。
2015年1月27日火曜日
2015年1月27日
出会い、的な観点からいくと、facebookやLINEは完全なpost出会いツール(知り合ってから繋がって関係を維持する場)で、twitterもそうなりつつあり、SNSと呼ばれるサイトはだいたいそういう感じになりつつあり。
「興味のあることをする中で人と繋がっていく」的な、pre出会いの場っていうのは今のWeb上だとどこだろうなぁ、ということをぼんやりと考える。
「興味のあることをする中で人と繋がっていく」的な、pre出会いの場っていうのは今のWeb上だとどこだろうなぁ、ということをぼんやりと考える。
2015年1月17日土曜日
2015年1月16日
http://f-shin.net/fsgarage/2691
なんだかすごい違和感を感じるんだけどいまいちうまく言語化できずにいる。
ひとまずwarezなどの世界は公知になったから死んだのではなくて、ブロードバンドの普及だとかP2Pソフトなどの台頭によって完全に不要になったから死んだだけだと思う。
アングラ的なものが陽の目を浴びて普通の人がやってきて潰されるなんていうのは今も昔もネットがあろうがなかろうが起こってきたことで、その時間的な流れがネットの普及により多少早くなったりはあるかもしれないが危惧を抱くような事象ではない。
心配しなくてもアングラ的なものに居心地のよさ、楽しさを感じる人はそういうことが起こる頃にはその場を撤退して次の面白いもの・場を探すか作るかしている。そういう例をいくつも見てきている。
個人的には「多くの人がネットリテラシーを持ち、共有すべき情報を選別し、いらん情報はグローバルなネットに出さないというのが望ましい方向であり正論」だなんてことは全く思わない。
自分は多様性こそが正義であり、メインストリームからアンダーグラウンドまで、良質な情報が誰でも触れられる場所にあり適切な人のもとに届く、そういうWebを志向しているので、それを阻害するなら良識なんてものはクソクラエだと思うし、ただひたすら問うのは公開される情報の「クオリティ」だけです。
ここ数年についていうと、Webに公開される情報は、情報のアウトプット場所が適切じゃなかったり、情報の量や質が不足しているものの割合が大きく、騒動になるもの含めて全体的にただただクオリティ低杉、という感想です。
なんだかすごい違和感を感じるんだけどいまいちうまく言語化できずにいる。
ひとまずwarezなどの世界は公知になったから死んだのではなくて、ブロードバンドの普及だとかP2Pソフトなどの台頭によって完全に不要になったから死んだだけだと思う。
アングラ的なものが陽の目を浴びて普通の人がやってきて潰されるなんていうのは今も昔もネットがあろうがなかろうが起こってきたことで、その時間的な流れがネットの普及により多少早くなったりはあるかもしれないが危惧を抱くような事象ではない。
心配しなくてもアングラ的なものに居心地のよさ、楽しさを感じる人はそういうことが起こる頃にはその場を撤退して次の面白いもの・場を探すか作るかしている。そういう例をいくつも見てきている。
個人的には「多くの人がネットリテラシーを持ち、共有すべき情報を選別し、いらん情報はグローバルなネットに出さないというのが望ましい方向であり正論」だなんてことは全く思わない。
自分は多様性こそが正義であり、メインストリームからアンダーグラウンドまで、良質な情報が誰でも触れられる場所にあり適切な人のもとに届く、そういうWebを志向しているので、それを阻害するなら良識なんてものはクソクラエだと思うし、ただひたすら問うのは公開される情報の「クオリティ」だけです。
ここ数年についていうと、Webに公開される情報は、情報のアウトプット場所が適切じゃなかったり、情報の量や質が不足しているものの割合が大きく、騒動になるもの含めて全体的にただただクオリティ低杉、という感想です。
2014年12月19日金曜日
2014年12月19日
左の鎖骨を折ってしまい、左手に力が入れづらい感じになってしまった。
こういう時に限って冷蔵庫には食べ物のストックなどがあまりなく。
牛乳など色々欲しいのだけど、買いに行くのを想像すると、片手で買い物するのはそれなりにハードル高いなぁと思って躊躇していたところ、「ネットスーパー」というもののことを思い出した。
前に風邪を引いた時に使おうとした時は、数日後にならないと届けてもらえない感じだったので使えず、やむなくげほげほ言いながらがんばって買い物に出たものだけど、今回は今日中に届くみたいだったので早速注文。
届いてみると、「ああ、これは便利だなぁ」という域を超えて「ありがたや…」という心地になった。
食べ物のようなライフラインに近いものが、身体的な事情などで買い物に行けない状態になったときにも、普通の人と同じように手に入る。これはなんとも豊かなことだなぁとしみじみと思ったりした。
豊かな社会というのは、かように弱い立場の人も豊かに暮らせる場のことなのであろうし。
こういうふうに「ありがてぇ」って思われるようななにかを作りたいものです。
その他にも、左手が使えないことで、両手が使えることがいかに便利かを実感してみたり、色々な経験ができていて、鎖骨一本折るくらいでこういう経験できるなら安いものだと思ってしまっているあたり、自分も何かの病気だなぁとつくづく思う。
こういう時に限って冷蔵庫には食べ物のストックなどがあまりなく。
牛乳など色々欲しいのだけど、買いに行くのを想像すると、片手で買い物するのはそれなりにハードル高いなぁと思って躊躇していたところ、「ネットスーパー」というもののことを思い出した。
前に風邪を引いた時に使おうとした時は、数日後にならないと届けてもらえない感じだったので使えず、やむなくげほげほ言いながらがんばって買い物に出たものだけど、今回は今日中に届くみたいだったので早速注文。
届いてみると、「ああ、これは便利だなぁ」という域を超えて「ありがたや…」という心地になった。
食べ物のようなライフラインに近いものが、身体的な事情などで買い物に行けない状態になったときにも、普通の人と同じように手に入る。これはなんとも豊かなことだなぁとしみじみと思ったりした。
豊かな社会というのは、かように弱い立場の人も豊かに暮らせる場のことなのであろうし。
こういうふうに「ありがてぇ」って思われるようななにかを作りたいものです。
その他にも、左手が使えないことで、両手が使えることがいかに便利かを実感してみたり、色々な経験ができていて、鎖骨一本折るくらいでこういう経験できるなら安いものだと思ってしまっているあたり、自分も何かの病気だなぁとつくづく思う。
2014年12月13日土曜日
2014年12月13日
たとえば「最先端」で検索してみたら、
見つかったページに書いてあることが「数年前における最先端」であった、
というようなことがよく起こる。
Webに蓄積された文書が多くなればなるほど、outdatedなものが有用なものとして検索されてしまう確率が高まるよなーと思うにつけ、
そろそろ別な発想のインプット〜アウトプット〜検索の仕組みが必要なのだろうなぁと思うのだけど
具体的にどうしたらよいかはノーアイデアである。
見つかったページに書いてあることが「数年前における最先端」であった、
というようなことがよく起こる。
Webに蓄積された文書が多くなればなるほど、outdatedなものが有用なものとして検索されてしまう確率が高まるよなーと思うにつけ、
そろそろ別な発想のインプット〜アウトプット〜検索の仕組みが必要なのだろうなぁと思うのだけど
具体的にどうしたらよいかはノーアイデアである。
2014年12月2日火曜日
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