私は補償金支払いを拒む家電メーカーの行動がまったく理解できない。彼らはエコ家電と称する製品をたくさん販売している。つまり、環境問題には配慮する姿勢を示しながら、問題の根源が同じ社会的コストであるコンテンツについては配慮しないと言っているようなものだからである。環境には配慮して文化には配慮しないロジックなど存在するのだろうか。そう考えると、それらの家電メーカーがいくらエコ家電を宣伝しても、本当に環境のことを考えているのではなく、単にエコブームに悪乗りして新製品を売ろうとしているだけにしか見えなくなる。エコな商品っていうのは、たとえば「電気代が安い」とか「燃費がいい」とか「長持ち」とかいった直接的な、もしくは「地球にやさしい」とかいった間接的な、ユーザが理解しやすい「価値」が足されてるからこそ多少高くても売れる。要するにユーザ側に明らかなメリットがあり、ちゃんと「価値」を提供できるからこそユーザもお金を払うのだし、売れるからこそメーカーにとっても作る意味がある。さらに社会貢献的な意味もありブランド価値の向上にも役立つ。だから作る。価値を生み出さないモノを作るのは企業の理屈として異常。
翻って録音補償金の加算はユーザにとってもメーカーにとってもわかりやすい「価値」がない。補償金を納めたらコンテンツ業界が活性化して面白いコンテンツが安価に手に入る、という保証はどこにもない。穿った見方をすれば、補償金を納めたところで、それこそよくわからない団体に「搾取」されてコンテンツ産業の活性化には何もつながらない可能性だってゼロではない。
メーカーは必死こいて頑張ってコスト削減して、ユーザに適価で届けようと思ってるところにこんな余計なコストの上乗せを義務づけられたら拒否できるものなら拒否するのが当然だと思う。価格が上がれば競争力が下がり売れなくなる。それが市場の仕組みっていうものでしょう?
もう少し「補償金」が具体的にどう使われて、誰がどうハッピーになるのか、それを誰にでもわかりやすい形で示すべき。
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