2009年1月9日金曜日

2009年1月9日

情報の価値はずっと変わらない。上昇する可能性も高い。
専門誌の類の雑誌は生き残る余地がいくらでもある。その形が「紙媒体」という形かどうかはわからない。というか、紙媒体にこだわると危険かもしれない。

紙に印刷して配送する必要がなくなれば、情報コンテンツは情報コンテンツそのものの価格により最適化されてより安価になって、競争力が高まる。
ただ、それは同時に質の低い情報が安易に産まれる状況とも同義なので、色々な競争に晒されることになるかもしれない。
それはある意味いいことかもしれない。

より情報の受け手のセンスが求められる状況になるかもしれないし、色んな意味で「声の大きな」情報に人が流れる危険性みたいなものも含まれる。

あと、今よりは情報とそれを提供する人のつながりとかが明快になるかもしれない。
○○さんが××のオンライン誌に移行したから購読誌変えるとか。

----

とりあえず早く産まれないかな紙媒体の代替となれる高精細なペーパータイプディスプレイ(通勤電車の中で使えるもの)とコンテンツ配信のためのプラットホームのセット。iPod(的なMP3デバイス)が音楽の聞き方や色々な仕組みを変えていくみたいに、情報の流通にまた何か変化が起こせるとしたらそういう類のデバイスだと思う。もちろんそれがデファクトスタンダード化する必要があるので難しいけど。

----

やはり「価値のある情報」をただしく価値のあるものとして世間が認めて受け入れるための何かしらの仕組みっていうのがどうしても必要になる。
どうやったら求める人とそれを提供する人をマッチさせることができるか。
どこまでマッチさせたらいいのか、完璧にマッチさせる必要があるのか、もっと能動的に情報を摂取することを啓蒙したほうがいいのか。

----

RSSフィードを「届くの楽しみか」をキーに整理したら一気に減らす事に成功した。
「そこからの情報が楽しみかどうか」ってすごい大事な事な気がしてきた。
新譜が楽しみなミュージシャン、新作が楽しみな映画監督、小説家、新しい投稿が楽しみなブログ、更新が楽しみなコラム…etc.

考えてみると意外と少ないんだよね。これが自分の関心とか好奇心のバロメータだとするとこれは警告ラインか。

0 件のコメント:

コメントを投稿