2009年6月18日木曜日

2009年6月18日

人間に限らず、生き物の根本的な欲求は「生きたい」だと思っている。
人の歴史は「生きたい」の歴史。「生きたい」が文化を創り、「生きたい」が戦争を産み、狂った「生きたい」が自殺を誘う。

「生きる」っていうのは、つまり自分がとにかく長くこの世に残ること。子供を作るというのは、自分の生命につながった生命を連綿とこの世に残すこと。全部たった一つの欲求がベースで発生しているものだと思う。

…えーっと。いきなり何言い出すんだこいつって話なんだけど。

何が言いたいかって言うと、たとえばBlogとかで自分の記録残したりするっていう行為を、そういう生存本能と結びつけて語る事ができるのかどうか、っていうことになんか唐突に興味が沸いた、ってことなんだけど。

Blogでも本でも何でもいいんだけど、何かを書き残すことで、書き残したものに「自分の痕跡」、もっと言うと、外部化した自分の生命、みたいなものを感じる事があるのか、と。それがあるとするならば、それは自分の子供と同じようなもの、と見なすことができるかもしれない。とすると、Blogとか日記とかでこうやってあれこれ書き散らすことが、生存本能に近い行動ってことになるかもしれない。

Blogとかで自分を外部に保存していくようなことをしている人は、生に執着が薄くなるとか、子供を作るのに積極的でなくなるとか、なんか、そういう影響が出たりするものなのかどうか。そういうことをふと知りたくなった。単なる好奇心だけど。

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人を喜ばせるとその対価としてお金をもらえる、とするならば、お金を稼ぐために考える企画はその時点で失敗している。

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ゲーム機がWi-fiでつながる、っていうのは、ただ遠いところにいる人とゲームできる、ってだけじゃなくて、大のオトナがゲームとかやんの恥ずかしい、とかみたいなキモチを持たずに楽しめる場を提供するのにも役立ってるのか。なるほど。

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