2012年1月31日火曜日

2012年1月31日

編集されたコンテンツというものは、ある特定の目的に沿って編集されるのであるから、評価の軸は
・編集の目的、コンセプトが優れているか
・目的をどこまで見事に達成しているか
というあたりになる。目的・コンセプトの異なるものを同じ場に並べて数字を比較してもそのコンテンツの評価としては正しい評価とは言えない。

なんかブレイクスルー欲しいなぁ

2012年1月29日日曜日

2012年1月29日

※適当な思考実験中。

・機械的なアルゴリズムで作られる順位は操作する気になればだいたいお金の力で操作できる
・投下する資本に対して見合うだけの利益が得られなければ操作は行われない
・操作が行われる場合は相応の利益の回収が見込まれるものである必要がある
・マス(ある程度規模の大きな顧客の獲得が期待できるもの)に対してPRできるようなものに資本が投下されやすい
・マスにアピールするようなもの=たいてい無難で面白くない
・というかそんなことにお金をぶち込む余裕があるようなものが面白いか?

・SNSなどの口コミが居心地いいのは、そういうマス広告的なものの影響を小さくできるから。
・どんなランキングより信頼できる人の情報がなんだかんだで一番信頼できる。

ランキング的なものの純度や精度を顧客満足度的な部分にフォーカスを当てて最大化させるにはどうするか。

・お金をぶち混むことで操作することにかかるコストを上げる→多分うまい方法が編み出されて潰される
・広告的なものに対するペナルティ→判別不能&同上
・結局SNS的なものやパーソナライズドしていく方向など、個々人の信頼に基づく情報のやりとりが一番優れている
・が、個人も買収される(ステマとかあれこれ)
・ていうかまあ、がんばって有名になった人がそういう事で利益を得るのはある意味当然の帰結。
・結局世の中の情報はお金によってコントロールされているという諦めムードに?
・いやいやいやいや
・続きはまた今度

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引き続き最近のWebが気に入らない試論

・とりあえずソーシャル化することで、その人の周辺にしか意味のない情報がクローズドになることは良いことであるということに気づく。たとえば「今どこにいる」とか「今何食べてる」っていう情報は、その人に近しい人にとっては意味があるし価値のある情報であるが、それ以外の人にとってはどうでもいい。ある人の周辺の人にしか意味のない情報が、周辺の人の間で閉じたWebに収納されていくのはいいこと。
・オープンな場所にあってしかるべき情報と、クローズドな場所にあってしかるべき情報というのがあって、それが双方、望ましい形で格納されていくのがいいWebってやつなのかな。
・自分は多分オープンなWebのほうにいかにグレイトな知識や情報を引きずりだして正しくわかりやすく編集して格納するか、といったあたりに興味がある。
・非ソーシャル的でありたい。