http://machine.livedoor.biz/archives/51436399.html
こうしてがんばって本を電子化している人って世の中にそれなりにいると思うんだけど。そうやって電子化された本を集めて権利者に許諾とって売るようなモデルってありえないもんなのかな、と。だって同じ本を世の中のいろんなところでスキャンしてるとかなんかすごい無駄だと思うし。かといってすべての出版社がちゃんと独自に電子化とかしないだろうしさ。
2010年3月4日木曜日
2010年3月4日
ソフトの環境設定というのは、自分の使いやすいようにするためにどうしても必要なことなのだけど、たとえばメンテナンスなどで再インストールをした際に、以前設定していた状態まで復帰させるのは結構しんどい事がある。
設定ファイルのエクスポートができれば一応はそれを自分で管理してどうこうできるけど、実際にメンテナンスが必要になるような頃にはそんな事すっかり忘れて設定は失われてしまったりするわけで。
たとえばソフトを購入すると、そのソフトのメーカーが管理するサーバのWeb領域が割り当てられて、変更した環境設定を自動的に保存して、再インストールの際には自動的にsyncするようなしくみをつけたらいいと思う。どうせライセンス管理が必要なんだし、そういう機能をつけることが不正コピーなどの減少にももしかしたら少しくらい役に立つかもしれない。
…と、Dreamweaverを入れる度に毎回やってるショートカットの設定をしながら思った。
設定ファイルのエクスポートができれば一応はそれを自分で管理してどうこうできるけど、実際にメンテナンスが必要になるような頃にはそんな事すっかり忘れて設定は失われてしまったりするわけで。
たとえばソフトを購入すると、そのソフトのメーカーが管理するサーバのWeb領域が割り当てられて、変更した環境設定を自動的に保存して、再インストールの際には自動的にsyncするようなしくみをつけたらいいと思う。どうせライセンス管理が必要なんだし、そういう機能をつけることが不正コピーなどの減少にももしかしたら少しくらい役に立つかもしれない。
…と、Dreamweaverを入れる度に毎回やってるショートカットの設定をしながら思った。
2010年3月2日火曜日
2010年3月2日
最近の案件で実際に「iphoneで見れないからフルFlashはなぁ」という話が出たりした。
まあ、そういうご時世なんだろうな。
しかしよく考えてみたら、昔Flashがもてはやされたのって、回線が細いことに伴いあまりリッチなグラフィックとかも使いづらいような状況で、その中で「目立つ」から「目新しくて印象に残せる」からというのと、あとはローディング表示だったり、ロード不要で画面切り替えできる事なんかも「閲覧者のストレス軽減」の意味で閲覧する人にとってもコンテンツ提供がわにとっても意味があったからというのが結構大きくて。
そんな前提が限りなくなくなった今においてFlashサイトの持つ意味とか価値ってどうなんだろうということはやはり思う。
たぶん、これから自分がフルFlashサイトを提案することは、よほどの事情がないかぎりはないだろう。という確信でもって、ここ裏ブレにおけるFlashサイト談義はここに終了を宣言する。
----
日経新聞の有料電子版の価格設定を見て、Web屋感覚からいくとちょっと高くね?という値段だと思ったのだけど、戦略的な意味で言うなら全然まっとうなのかもと思い直した。
たぶん、最初からあまり安くすると紙のほうが急に縮小する危険もあるし、それって国内に持ってる配達インフラに関わる雇用とかいろんな面でインパクトが大きいし。
最初は高めに設定して実験的位置づけで開始して育てていって、いずれ紙が死にゆくとしても、その死はゆるやかにしたい、というのはまっとうな考え方だと思う。それに高いモノを安くするのは簡単にできるけど、安いモノを高くするのはしんどいというのもあるし。
まあ、そういうご時世なんだろうな。
しかしよく考えてみたら、昔Flashがもてはやされたのって、回線が細いことに伴いあまりリッチなグラフィックとかも使いづらいような状況で、その中で「目立つ」から「目新しくて印象に残せる」からというのと、あとはローディング表示だったり、ロード不要で画面切り替えできる事なんかも「閲覧者のストレス軽減」の意味で閲覧する人にとってもコンテンツ提供がわにとっても意味があったからというのが結構大きくて。
そんな前提が限りなくなくなった今においてFlashサイトの持つ意味とか価値ってどうなんだろうということはやはり思う。
たぶん、これから自分がフルFlashサイトを提案することは、よほどの事情がないかぎりはないだろう。という確信でもって、ここ裏ブレにおけるFlashサイト談義はここに終了を宣言する。
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日経新聞の有料電子版の価格設定を見て、Web屋感覚からいくとちょっと高くね?という値段だと思ったのだけど、戦略的な意味で言うなら全然まっとうなのかもと思い直した。
たぶん、最初からあまり安くすると紙のほうが急に縮小する危険もあるし、それって国内に持ってる配達インフラに関わる雇用とかいろんな面でインパクトが大きいし。
最初は高めに設定して実験的位置づけで開始して育てていって、いずれ紙が死にゆくとしても、その死はゆるやかにしたい、というのはまっとうな考え方だと思う。それに高いモノを安くするのは簡単にできるけど、安いモノを高くするのはしんどいというのもあるし。
あと、日経の場合は海外とかの紙を送り届けにくい地域あたりからの引きなどもありそうだから、そういうところでうまく新規開拓していけたりすれば、(他の新聞はともかくとして)日経ならこの価格でも全然アリなんじゃないかという気もする…んだけどどうなんだろうね。
2010年2月23日火曜日
2010年2月23日
http://wiredvision.jp/blog/masui/201002/201002091900.html
・手段と目的を間違えるな
・ニーズの本質を見極めろ
・ゼロベース思考を
・「ドリルを買いに来た人がほしいのはドリルじゃなくて穴」
とかっていう、至極まっとうで当たり前の話なんだけど。けど、こういう至極まっとうで当たり前の事を考えてはなせる人って実は意外と少ないのかもしれない。自分もまだ甘い。
----
ちゃんと記録するにははてブとかではどうも不足だと思う今日この頃。Blogとブックマークの中間くらいのつもりでこのBlog書いてるけどこれくらいが自分にはちょうどいいかも。
ここに書こうと思わないくらいの本当にブックマーク程度の意味しか持たないものははてブとか、もしくはXmarksで管理してるブラウザのブックマークくらいでいい。
ちゃんとPR的に書きたいものはengawaのBlogにでも書く。さらにきちんと編集してちゃんとしたコンテンツにしたほうがいいものもある。
記録として自分が自分の過去の思考の変遷を記録しトレースするためにはこれくらいの規模の情報量がいいな。twitterよりは書けてBlogというほど重くなく、コミュニケーションの要素がないくらいの感じ。てかこれってまさしく「日記」か。
・手段と目的を間違えるな
・ニーズの本質を見極めろ
・ゼロベース思考を
・「ドリルを買いに来た人がほしいのはドリルじゃなくて穴」
とかっていう、至極まっとうで当たり前の話なんだけど。けど、こういう至極まっとうで当たり前の事を考えてはなせる人って実は意外と少ないのかもしれない。自分もまだ甘い。
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ちゃんと記録するにははてブとかではどうも不足だと思う今日この頃。Blogとブックマークの中間くらいのつもりでこのBlog書いてるけどこれくらいが自分にはちょうどいいかも。
ここに書こうと思わないくらいの本当にブックマーク程度の意味しか持たないものははてブとか、もしくはXmarksで管理してるブラウザのブックマークくらいでいい。
ちゃんとPR的に書きたいものはengawaのBlogにでも書く。さらにきちんと編集してちゃんとしたコンテンツにしたほうがいいものもある。
記録として自分が自分の過去の思考の変遷を記録しトレースするためにはこれくらいの規模の情報量がいいな。twitterよりは書けてBlogというほど重くなく、コミュニケーションの要素がないくらいの感じ。てかこれってまさしく「日記」か。
2010年2月8日月曜日
2010年2月8日
家のテレビ買い換えて、BSも見れるようになったので、唐突にWOWOW加入してみた。今更。
加入キャンペーンで来月末までは約1000円で見られる。それ以降は毎月約2500円程度。
単に月額コストをおさえつつ、質の高い映画をたくさん見るにはどうしたらいいか、という検討の結果、こういうのもアリかと思って試してみてるのですが。
で、加入してまだあまり経ってないけど、予想外にわりとアリだなーという印象。「あー、これちょっと見たかったけど映画館行くほどでもなかったんだよなー」「そのうち見れたらみたいと思ってたんだよな―」的な、話題になった/良質だという評価の映画などをちょくちょくやってくれるので、仮にレンタル屋に行ってDVD/BDレンタルしてきたりする場合のレンタル代+探しに行くコストなど勘案に入れて比較してみると、コスト的にも悪くなさげ。
結局、そこまでの映画狂じゃない自分みたいな生き物にしてみると、みたいと思ったことのある映画もすぐ忘れるし。こうしてWOWOW側で選んで「提案型」でいろいろコンテンツが手元に届いて、「あーこれこれ、見たかったんだよね」というのもいいもんだ、と。
よく考えてみると、これって結局、電波を使った雑誌みたいなものなんだよね。
月額いくらか支払うことで、無料のものよりは質の高いコンテンツがコンスタントに届いて、それをどう消費するかはこちらの自由っていう。
こういうカタチも悪くないもんだなー。
----
iPad発表以降の話とかいろいろ読んでて、つくづくMacromediaがMacromediaのままだったら今頃どうなってただろうなー、と思う。
今更こう言うのもなんだけど、「あの頃はよかった」。
加入キャンペーンで来月末までは約1000円で見られる。それ以降は毎月約2500円程度。
単に月額コストをおさえつつ、質の高い映画をたくさん見るにはどうしたらいいか、という検討の結果、こういうのもアリかと思って試してみてるのですが。
で、加入してまだあまり経ってないけど、予想外にわりとアリだなーという印象。「あー、これちょっと見たかったけど映画館行くほどでもなかったんだよなー」「そのうち見れたらみたいと思ってたんだよな―」的な、話題になった/良質だという評価の映画などをちょくちょくやってくれるので、仮にレンタル屋に行ってDVD/BDレンタルしてきたりする場合のレンタル代+探しに行くコストなど勘案に入れて比較してみると、コスト的にも悪くなさげ。
結局、そこまでの映画狂じゃない自分みたいな生き物にしてみると、みたいと思ったことのある映画もすぐ忘れるし。こうしてWOWOW側で選んで「提案型」でいろいろコンテンツが手元に届いて、「あーこれこれ、見たかったんだよね」というのもいいもんだ、と。
よく考えてみると、これって結局、電波を使った雑誌みたいなものなんだよね。
月額いくらか支払うことで、無料のものよりは質の高いコンテンツがコンスタントに届いて、それをどう消費するかはこちらの自由っていう。
こういうカタチも悪くないもんだなー。
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iPad発表以降の話とかいろいろ読んでて、つくづくMacromediaがMacromediaのままだったら今頃どうなってただろうなー、と思う。
今更こう言うのもなんだけど、「あの頃はよかった」。
2010年2月4日木曜日
2010年2月4日
あとで別のところに書くかもしれないのでいい加減なまとめ:
http://clockmaker.jp/blog/2010/02/flash-vs-html5/
数日間、ChromeにFlashをブロックする拡張機能入れてサイトを見るということをやってみて、実際に困ったのはYouTubeやSlideShare、ニコニコ動画などの、どちらかというとアプリケーションに近い部分でFlashが使用されていた場合に限られ、通常のサイトを見ている限りはさほど困る機会はなかった。なんか別にFlashってなければないでそんな困らなくね?というのが正直な印象。
Webサイトを表示できるデバイスの幅が広がってきた今だと、Flashを情報表示には使えなくなってきてるのは確か。FlashはどちらかというとPDFとかに近いもので、レイアウト等すべて規定してしまうために、小さなスクリーンでは非常に読みづらくなってしまったりということが起こる。また、ページ印刷したときの対応とかにもいろいろと問題を抱えている。その点、ブラウザ側で完全にレンダリングできるHTML/JSであれば、少なくとも印刷できないとかそういうことは滅多にないだろうし。HTMLというのは根っこにあるのは単なる文書の構造定義なので、ブラウザが表示上の解釈を変えれば、どんなデバイスでもデバイス側で最適化して読みやすく表示することができるという大きなメリットがある。実際、電子書籍のフォーマットも、ベースはXHTMLになっているものが多い。
という意味で、たとえばFlashで縦書き表示ができるとか、できるとしてもそれを使う価値のある/必要な場面というのはかなり限られるだろうし、そもそもFlashで情報を表示するようなものを作る価値というのはどんどん下がっていくはず。
また、100%すべてのHTML表示端末にFlashプラグインが提供されるわけでもないと考えれば、「情報」を提供したい人にとってFlashは選択しづらい選択肢になっていくだろう。
もちろん、「レイアウト」というのも大事な「情報」ではあるんだけど、ことブラウザに関してはレイアウトを100%提供者の意図通りにしようとするのはちょっとナンセンスな気もする。
とはいえFlash自体に価値がないこともなく、ゲームとかアプリケーション的なことをやるためのものとしては生き残ると思うし、そっちにはまだ未来があると思う。が、オーディオの生成や3Dも、パフォーマンスの点ではどう考えてもネイティブアプリのほうが有利だとおもうし(だからオーディオ系ライブラリの開発は熱が冷めてしまった)。さらに、iPhoneのようなものを前提に考えるなら、それはネイティブアプリにしたほうがUXの統一の意味でも使い勝手がよくなる。
…という意味も含めて、Flashの未来はブラウザ上よりも実はAIRのほうにあるような気もしている。javaなどに並ぶ、ひとつの開発言語/フレームワークとして、いいポジションをキープできる未来があるといいなーと思っている
http://clockmaker.jp/blog/2010/02/flash-vs-html5/
数日間、ChromeにFlashをブロックする拡張機能入れてサイトを見るということをやってみて、実際に困ったのはYouTubeやSlideShare、ニコニコ動画などの、どちらかというとアプリケーションに近い部分でFlashが使用されていた場合に限られ、通常のサイトを見ている限りはさほど困る機会はなかった。なんか別にFlashってなければないでそんな困らなくね?というのが正直な印象。
Webサイトを表示できるデバイスの幅が広がってきた今だと、Flashを情報表示には使えなくなってきてるのは確か。FlashはどちらかというとPDFとかに近いもので、レイアウト等すべて規定してしまうために、小さなスクリーンでは非常に読みづらくなってしまったりということが起こる。また、ページ印刷したときの対応とかにもいろいろと問題を抱えている。その点、ブラウザ側で完全にレンダリングできるHTML/JSであれば、少なくとも印刷できないとかそういうことは滅多にないだろうし。HTMLというのは根っこにあるのは単なる文書の構造定義なので、ブラウザが表示上の解釈を変えれば、どんなデバイスでもデバイス側で最適化して読みやすく表示することができるという大きなメリットがある。実際、電子書籍のフォーマットも、ベースはXHTMLになっているものが多い。
という意味で、たとえばFlashで縦書き表示ができるとか、できるとしてもそれを使う価値のある/必要な場面というのはかなり限られるだろうし、そもそもFlashで情報を表示するようなものを作る価値というのはどんどん下がっていくはず。
また、100%すべてのHTML表示端末にFlashプラグインが提供されるわけでもないと考えれば、「情報」を提供したい人にとってFlashは選択しづらい選択肢になっていくだろう。
もちろん、「レイアウト」というのも大事な「情報」ではあるんだけど、ことブラウザに関してはレイアウトを100%提供者の意図通りにしようとするのはちょっとナンセンスな気もする。
とはいえFlash自体に価値がないこともなく、ゲームとかアプリケーション的なことをやるためのものとしては生き残ると思うし、そっちにはまだ未来があると思う。が、オーディオの生成や3Dも、パフォーマンスの点ではどう考えてもネイティブアプリのほうが有利だとおもうし(だからオーディオ系ライブラリの開発は熱が冷めてしまった)。さらに、iPhoneのようなものを前提に考えるなら、それはネイティブアプリにしたほうがUXの統一の意味でも使い勝手がよくなる。
…という意味も含めて、Flashの未来はブラウザ上よりも実はAIRのほうにあるような気もしている。javaなどに並ぶ、ひとつの開発言語/フレームワークとして、いいポジションをキープできる未来があるといいなーと思っている
2010年2月2日火曜日
2010年2月2日
科学って宗教だよなー、と思う。
というか、宗教の果たしていた役割の何割かを科学的なものが今受け持っているんだなー、っていう。
元来、世界創造とか、なんで人間ここにいるの、とか、地震みたいな天災のようなものっていうのはすべて宗教が説明していた部分だった。説明することで、わからない不安とか不条理な出来事に対する不幸感というのを解消していたわけなのだけど、それを科学が説明するようになって、宗教の出る幕がだいぶ減った。
それでも科学では説明しきれない部分がまだあって、それはたとえば死んだあとにどうなるのかとか、世界はなぜあるのかとか、ちょっとした巡り合わせによる日々の不幸な出来事とか、そういうのは説明できることではないのでやはり宗教的な話になっていく。
ただ、それはもはやわからないならわからないで別に困らないし実害のない部分も多いので、宗教の存在価値というのは相対的に下がっていくことになる。
宗教の現場にいる人ってその辺のこととかどう考えて、どういうポジションにたってどういう価値を世に提供しようとしているのかちょっと興味ある。
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なんか↓あんなエントリ書いてたおかげか、このページの広告が全部kindleになっててなんか笑った。さすがgoogle先生。
というか、宗教の果たしていた役割の何割かを科学的なものが今受け持っているんだなー、っていう。
元来、世界創造とか、なんで人間ここにいるの、とか、地震みたいな天災のようなものっていうのはすべて宗教が説明していた部分だった。説明することで、わからない不安とか不条理な出来事に対する不幸感というのを解消していたわけなのだけど、それを科学が説明するようになって、宗教の出る幕がだいぶ減った。
それでも科学では説明しきれない部分がまだあって、それはたとえば死んだあとにどうなるのかとか、世界はなぜあるのかとか、ちょっとした巡り合わせによる日々の不幸な出来事とか、そういうのは説明できることではないのでやはり宗教的な話になっていく。
ただ、それはもはやわからないならわからないで別に困らないし実害のない部分も多いので、宗教の存在価値というのは相対的に下がっていくことになる。
宗教の現場にいる人ってその辺のこととかどう考えて、どういうポジションにたってどういう価値を世に提供しようとしているのかちょっと興味ある。
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なんか↓あんなエントリ書いてたおかげか、このページの広告が全部kindleになっててなんか笑った。さすがgoogle先生。
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