2014年5月23日金曜日

2014年5月23日

googleで「ロフト 渋谷 営業時間」で検索したら、検索結果にでかでかと
  1. 10時00分~21時00分
    渋谷ロフト、 金曜日の営業時間
と表示された。元々は検索エンジンというのはサイトの情報を収集してそのページに誘導するためのものだったはずだが、最近は割と積極的に検索結果に求められているであろう情報そのものを出すようになってきている。

ユーザの気持ちからしたら至極まっとうだし便利なのだけど、じゃあWebサイトの役割、Webサイトを作る意味ってなんなんだ、ともやっとした気持ちになったりする。

だったらサイトとか作らなくても、最初からGoogleに情報渡しておいて、Googleが検索キーワードとその情報だけちゃんと結びつけてくれたらいいんじゃね?

…っていう発想でもって、世間の情報をひたすらかき集めて更新し続け、誰もWebサイトを作らなくても必要な情報が必要な人のところに届く、そんなWebサイトが生まれ、Google的な検索エンジンが無意味になる未来というのも、一つの可能性としてはあるのだろう。

2014年5月15日木曜日

2014年5月15日

いや、もうなんかほんと
音楽とか買って所有する時代じゃないわ

2013年12月29日日曜日

2013年12月29日

なんというか、今のWebには敷居の高い場所というのがもう少し必要、というか、
そろそろ有料のSNSとか作ってもいい頃なのではあるまいか、みたいなことを考えてみたりしている。

2013年11月25日月曜日

2013年11月25日

http://slashdot.jp/journal/568446/JSARAC%E3%81%8CMIDI%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%B6%E3%81%97%E3%81%9F%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%B2%E3%82%82%E8%A7%A3%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%BF%E3

これについたコメントを読みながら、「ああ、MIDI文化ってそういえばオープンソースコミュニティに近いものあったなぁ」っていうことを思い出したりしていた。

当時MU128というYAMAHAの音源で打ち込みなどやっていて、どこかで入手したグラディウスの曲だったかを打ち込んだMIDIデータがめちゃくちゃいい音で感動してひたすらMIDIデータ見てた事があった。優れた技をソースコード的なものを通して学べるっていうことは貴重だったし、いい経験だった。

----

そんなやりとりがJASRACの動きによって阻害された、っていう感じはやっぱりあって、そりゃ自由にやりたいところに五月蝿いこと言う人がしゃしゃり出てきたら文化っていうやつの熱量は一気に冷めるもので。

もちろん著作権というものをないがしろのしたいわけじゃないんだけど、なんかもうちょっと上手いやり方はなかったものなのかなというのは今でも思っている。

----

うーん、オープンソースな音楽というのはやっぱりいつかやりたいなぁ

2013年11月2日土曜日

2013年11月2日

嫌儲っていうのあるけど、あれって結局儲けることそのものが嫌だとか嫉妬とかする人はそんな多くなくて、どちらかというと儲けに走る奴がたいてい面白くないことをするので、その「面白くないこと」に対する嫌悪感なんだろうなと。

儲けに走る人々というのはほんとに面白くないことをするし、
面白くない事をするだけならまだしも、もともとあった面白いものを蹂躙して破壊するようなこともよくするので。
それに対する防衛本能として嫌儲というムードがあるんだろうなと。そんなことをふと思ったりした。

---------

OSXのトラックパッドのスクロール方向が逆になったのは納得できてるのだけど、その設定をONにした時にマウスのホイールのスクロール方向が一緒に逆なるのがMarverickになっても設定で変更できるようになってないことだけは納得できない。

2013年10月28日月曜日

2013年10月28日

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20131026

用語の定義を正しく共有しようとするっていうのが議論の最初に必要なことなんだけど。
しかし設問がひどい気もするというかなんというかげふんげふん

ギャンブルっていうのは「賭け」のことで、「賭け」というのは「運」のような不確定な要素によって結果の決まる何かに、リターンを期待して大事な何か(たとえばお金)を注ぎ込むような行為のことかなーと思うわけですが。

なので不確定要素があるものは全て「ギャンブル性」を持っていて、ゲーム/行為によってその「ギャンブル性」の多寡がある。

サイコロ振って奇数が出るか偶数が出るかを当てる、というのは(サイコロに何かの仕掛けでもない限り)完全に運任せなので、その結果によって金銭が増えたり減ったりするのはそれは純粋にギャンブルで、
一方、ポーカーや麻雀は優秀なプレイヤーならば、状況によって勝つ確率を上げることができるので、ゲームとしてギャンブル性が下がっていく、みたいな話

って試しに書いてみたけどマジでつまらないなこの話。反省。

--------------

http://news020.blog13.fc2.com/blog-entry-3095.html

才能、というか生まれつきによって能力に違いがあるっていうのはもうそろそろ受け入れられてもいいと思うんだけれども。
それこそ身長とか体格とか、外見がこれだけ生まれつきちがっているのに、生まれ持った能力とか才覚が全く同じで努力次第でどんな人でもトップアスリートになれるとか思うのはさすがに考えの筋が悪い。
男女の違いも生まれながらに持ったものの違いも受け入れたほうが色々うまくいくと思うし、自分の生まれ持ったものが一番活かせる場にどうやってたどり着くか、そういうことを考えて努力するほうが少なくとも人生は良い方向に向かいそうに思う。

2013年10月16日水曜日

2013年10月16日

個人的な興味で色々調べものをしていて、
結局Webにそんなに情報って蓄えられてない、というか、
きちんと体系的にびしっと整理されているものがそこまで多くない、というか
多分全部まとめれば相当な情報量なのだろうけど横串通ってないというか
なんだかんだでお金出して本買ったほうが早いな、という事が最近本当に多い。

結局1ページ/1記事をインスタントに消費するのに最適化されすぎてて、
体系立てて編集してまとめるノウハウや仕組みも
体系立ててまとまった記事を読むUIも
何もかも不十分なのかなぁとそんな事を思いつつ。

ほんと最近、本買って読んでるほうがWeb見てるより面白いなぁと思う。
好奇心が正しく満たされる感じというか。
ま、お金出して読むものと無償で読んでるものを比べる事自体が間違っているといえばいるし、単純に自分が今調べているのが世間的にマイナな領域なので、というのもあるのだけど。

とか言いつつ、そういう本の情報を探す上ではネットっていうのは便利だなぁとも同時に思っていて、なんというか適材適所。

----------

またフォーカスしたい分野が少し動きそうな予感がしている今日この頃。