2013年2月16日土曜日

2013年2月16日

広く公開される場所に何かを書くということは
必然的に誰かの何かしらのリアクションを期待することになるんだなぁと。

それがいいフィードバックになって自分の努力とか何かをよくするほうこうに結びつけばいいのだけれども、必ずしもそうはならないのが難しいところなのだな、ということをなんとなく思ったりした。

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このブログは多分誰も見てない、という前提なので、適当な思いつきを自由に書けるし後で読み返しても自分にしか多分役に立たない。それがいい。

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集団の中で目立ち、耳目を集めるためにはたとえばただ声を大きくすればいい。
最近、Webであれこれ見ているとそうやって声を大きくしようとする人が多くてパチンコ店の店内みたいな喧騒の中にいる心地がすることがある。

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VOCALOIDが使われることによって歌い手でなく曲の強さや作り手に意識が向いたように、実名よりも匿名のほうが、発言の内容如何のほうに意識が向くような気がするのは気のせいか。

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分人主義、っていう考え方は面白いね。


2013年2月11日月曜日

2013年2月10日

facebookの何が気に入らないのかとずっと考えているのだけど、
要するにずっとスパムメールが山ほど届いていてでもフィルタリングなどの対策ができないような感覚、というか、なんかそういう事なんだなーと思ったりもする。

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↑のこと考えながらふとメールのやりとりを完全にオープンな場で公開書簡みたいな感じでできるようにするっていうコンセプトのサービスをもやっと考えたけどなんだろうねこれ。

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主に自分用の日記を書くサービスを地味に作っているのだけど、カレンダーはこういう表示だとどうだろう、と試してみたカレンダー表示が思いの外しっくりきたので嬉しい。
スケジューラのような未来のものを扱う場合のカレンダーと、日記のように過去のものを扱うカレンダーはやっぱりちょっとだけ違っていていいんだな。

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Backbone.jsなどあれこれいじりながら、やっぱりサーバサイドであれこれ組むよりクライアントサイドで出来る限りの事を全部やってサーバサイドを極小化したほうが自分としては組みやすいし何より作るのが楽しい、っていうことを再認識してる。
実際に動いてて見た目も良い感じのものが早い段階でできあがらないとやっぱり飽きるし、完成させるモチベーションが維持しづらい。

というかそもそもFlashメインだった頃からそういう「動くものをできるだけ早くつくる」っていうのが自分にとってはすごく大事だったなぁと。サーバサイドめっちゃがんばらないとどうにもできないかと思ってたら時代がこっちに流れてきたようでちょっと嬉しいかもしれない。

とりあえず今年はきちんとJSを極めます。

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しかしこの流れ、かつてFlash界隈で頻発したデザイナーとエンジニア間の分業についての議論など起こるのかな、というかもう起こってたりするんだろうか。

2013年2月5日火曜日

2013年2月5日

ここ数日backbone.jsやらunderscrore.jsやらrequire.jsやらmustacheやら何やらをじっくりいじっている。
何がしたいかというと、サーバサイドを出来る限りシンプルにして、いわゆるMVCのVとCのあたりをできるだけクライアントサイド側に持ってくるような実装って今どういう感じなのか、というのを体験しておこうというのが主な目的。

やってて思うのだけど、現状、クライアントサイドファーストな実装というのがわりと理に叶ってる、というか非常に自分好みな作り方だなぁと思う。

JSのObjectでデータのモックアップを用意して、動作を確かめながらクライアントサイドを作る。そこでデータ構造なども詰めてからサーバサイドにAPIを作る、みたいな流れだと実際動くものが早くできるしサーバ側も最低限の作業で済みそう。もちろん作るものによってそういう作り方が合う/合わないはあるとは思うけど。

サーバサイドは今や山ほどサービスあるし、日進月歩で状況もどんどん変化してる。一方、クライアントサイドだけはどうやっても自分で作らなければしょうがない、とするならば、さっさとクライアントサイド作ってからそれに合うサーバサイドのサービス選ぶのもアリかも。

2013年1月14日月曜日

2013年1月13日

エロいものがあまり世に溢れるとそれでなんとなく満足してしまって「モテたい」に基づく様々な強烈なエネルギーが消失してしまって世の中がなんとなく萎れていくんじゃないかということをふと思ったので(恋愛などを通して得るべきものを擬似的に安易に叶える種類の)えっちなのはいけないと思います。

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『猫とかアイドルとかそういうところで自分の母性やら父性やらを無駄遣いするな』

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インターネット、に限らず本にしても写真にしてもそうだけどつくづくこれは脳の外部化、あるいは自己保存の延長線上の何かだなぁと思うわけで。
仮にインターネットが巨大な脳だとするならば、最近はちょっといくらなんでも整理せずにあれこれ詰め込みすぎなんじゃないかと心配になる。山のように重複した情報あるし、いくら容量があってもこれでは…と思う。
が、実際の脳のほうも見たものとか全部記憶して必要なものだけ取り出しやすくして他を忘れていくみたいな話もあったような気がするし似たようなものかもしれないし、どうやって「忘れていく」のがいいか、という視点で考えてみるとまた別の様相が見えてくるかもしれない。

2012年12月27日木曜日

2012年12月26日

銃乱射事件は暴力的なゲームのせいだとして、じゃあ暴力的なゲームはなぜ作られるかといったら、銃などが世間に普通にそこらにあって暴力的な事が起こる世の中を下敷きに作られるからそういうゲームができあがるのだ。だからそういうゲームが作られないように銃や暴力などは規制されるべきだ。
みたいな理屈を考えてたけどそんなに面白くはなかった。

2012年10月20日土曜日

2012年10月20日


たとえば甘いものが大好きな子供がいたとして
それを欲しがるからって
甘いものばかり食べさせていたらどうなるだろう?

欲しがるものを提供する、っていうのは
一見するととても相手のことを考えて相手のためにしているみたいに見えるけど
実際はそれは何も相手のことなんて考えてなくて
ともすると与える側の自己満足みたいなものに近い
そういうものなんじゃないかなって思います。

要するに何が言いたいかというと
僕はマーケティングみたいな話がわりと嫌いです。

2012年7月31日火曜日

2012年7月31日


デザインにしても音楽にしても、その価値を見抜く目を買う側の人間が皆持っていたとしたなら、作る側もおいそれといい加減なものが作れなくなって、本当にいいものがたくさん作られるようになるだろうな、と思う。

結局、分業だから誰かが特別賢ければいい、ってことじゃなくて、ある程度みんなで一緒に賢くなる必要があって。

だからやっぱりもうちょっとそういう「賢くなる」っていう部分に作用する何かを考えたい。

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人をバカにしたような内容の情報を提供し続けると受け手はそのままバカでいいのかなとバカを肯定的に思ってしまうのではないか試論

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